1月:『わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。』(コリントの信徒への手紙Ⅱ 4:18)

 わたしたちの幼稚園は、「見えないもの」を一番大事にしようとしています。まずは優しい「心」、そしてお友達同士の「つながり」、誰かのことを覚えて行う「お祈り」、そして、信頼と希望と愛の源である「神様」、全て見えないものですが、何より大事なものです。

 見えないものは、見えるものとなって現れます。心もお祈りも、具体的な形や行動になって現れます。けれどもそれらは「見えやすいもの」と「見えにくいもの」に分かれます。そして、良くないものほど目について、良いものはなかなか見えにくいようです。それは特に、大人の世界で顕著です。

 悪い心から、様々な悪いものが現れます。暴力、貧欲、過当な競争、排外主義を伴う歪んだ自尊心、等々。これらは新聞を開けば、いくらでも見つけることができます。このようなものは、私達の耳目を釘付けにし、驚きや悲しみと共に、復讐心や憎しみなど悪い心を再生産してしまいます。

 良い心からは、助け合い、分かち合い、反省、相互理解などが生まれます。それらは私達を癒し、つなげ、力づけてくれるものです。けれどもなかなか私達の目には付きません。良いものは、とても穏やかな形で表れるので、私達が気付かなかったり、無視してしまうことがあるのです。

 良いものは、私達が心をしっかりと向けないと、見えないようです。私達がこの世界の良いものを大切にし、自分でも良いことを行っていこうと努めることで、見えてくるもののようです。

 子どもたちの中には、良いものがいっぱい詰まっています。子どもの中の良いものを、しっかりと見つめることのできる大人でありたいと思います。