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2月:『主はわたしの光、わたしの救い、 わたしは誰を恐れよう。』(詩編27:1)

 昨年11月より、定期的に「牧師バー」を行っています。町中の飲み屋さんをお

借りして行っていますので、色んな方が来られます。それでも、やはり宗教、特

キリスト教に関心のある方、牧師と話してみたかったと言う方が多いです。カ

ウンター越しに伺う質問で一番多いのが「何故、牧師になったのですか?」とい

うものです。そして、同じように多い質問が「キリスト教を信じて、自分がどの

ように変わりましたか?」です。

 思い起こしますと、私が洗礼を受けたのは、高校3年生の時でした。「求道」と

言いますか、信仰について思いを馳せ、いろいろと考えるようになったのは、中

学生時代からです。当時、神様を信じて最も良かったと感じたのが、自分の価値

観に「一本筋が通った」と感じたことです。世の中には様々な考え方や価値観が

あります。社会の中で生活知るには、人間関係を避けては通れません。そして日

本の社会では、「空気を読む」とか「周囲に合わせる」ということが大切にされ

ています。当時の私は、その事にとても息苦しさを感じていました。その中で、

キリスト教と出会うことで、神様の「愛の価値観」を知り、これを自分の中心に

据えて、考え、行動することができるようになったのは、とても嬉しいことでし

た。

 キリスト教主義教育というのは、「愛の価値観に基づく教育」と言うことができ

ます。世界には様々な価値観がありますが、命の尊さ、正義の大切さ、助け合う

こと、特に弱っている人、苦しんでいる人を支えること等々、つまりは愛を基に

据えて歩みたいと思います。

「何故牧師になったのか?」という質問には…また後日、機会があれば、と言う

ことで…